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6/24の授業へのコメント

Kくん: いつの時代、どこの国でも、多くの、あるいは一部の人々が共有しているタイムリーな不安を利用し、あるいは煽って敵を仕立てることによって国家(多くの国民)を一方向へのベクトルにまとめあげて強くさせる。そうして自分達を守ろうとするというのは人間の悲しい性なのかと思います。(そこから抜け出そうとすれば、コナー警部のように扱われてしまうし。)結局のところ、それは大義名分をつくろっているに過ぎないのに。過去の歴史や今の世界情勢がそれを物語っていると思います。小さな世界、教室の中で起こるイジメも同じことです。群集心理とは怖いものです。一番怖いのは、自分がその中にいるということに気付かないで生きることだと僕は思うけれど。

大脇:私の言いたかったことをほぼそのまま代弁してくれているかのようなコメントです。次回の授業(7/1)は、この問題について、クラスの一人一人みんなにさらに深く考えてもらえるようなものにしたいと思っています。

Nくん: 最近、というかここ数年、いわゆるハリウッド映画を見ていない。いい加減な設定で、描かれる側の立場を全く考えていない。メディアの一発信源であることを自覚していないのではないかと思う。

大脇:このコメントを受けて言いたいことが二つ。まず、「ハリウッド映画」を映画芸術として見たときの、好き嫌いについて。実は私も、数年前まではハリウッド映画はほとんど観ない派でした。もちろん一口にハリウッド映画と言っても非常に巨大な産業ですし、いろんな監督がいていろんな映画がありますから、中にはとても好きなハリウッド映画もありますが、先日の授業で見せた『ライジング・サン』のような映画(アクションものとかスリラーもの)や、戦争・アメリカ賛美映画(『パール・ハーバー』や『インディペンデンス・デイ』)は、ほとんど観ようともしませんでした。今でも、映画そのものとして観る際には、いわゆるハリウッド映画よりも、ヨーロッパやアジアのミニシアター系・インディペンデント系のものの方が好きです。
ですが、ハリウッド映画の影響の大きさを考えれば、アジア系アメリカ文化や、日米関係、そしてアメリカ文化そのものについての研究には、このアメリカの一大産業についての視点や分析は不可欠です。それに気づいてから、最初はあまり気が進まないながら、これまでは自分では観ようとも思わなかったジャンルのハリウッド映画も見はじめたのですが、実際に見はじめてみると、(映画そのものとしての完成度や芸術度は別としても)研究対象という視点から見れば、これらの映画が非常に興味深いものとして楽しめることがわかってきました。20世紀は世界的に見ても映像の世紀ですが、その最も端的で象徴的な例が、アメリカの文化・政治・経済においてハリウッド映画(産業)が果たした役割だと思います。アメリカという国は、ハリウッド映画とともにその国の形を作ってきたと言ってもいいかもしれません。
 で、Nくんのコメントに関して言いたかったことの第二点は、上記に述べたことともつながっているのですが、ハリウッド映画が「メディアの一発信源であることを自覚していない」ということはありえません。むしろその正反対です。そしてハリウッド映画産業の内部と外部両方に、その力を最大限に(政治的に)「利用」しようとする勢力が多数存在しているからこそ、「描かれる側の立場を全く考えていない」映画が多く生まれてくるのだと思います。

「他人事」?
Mくん:この映画は・・・アメリカ人たちに日本文化を教えている場面が多々あったが、かなり大げさに演じられていた。しかし、日本のイメージはこの映画みたいな感じであったのだろうと思い、昔よりは大分変わっているが、もう少し改善されていくといいと思った。
Tくん:1993年、日本経済の発展もあり、だいぶ日本に対する見方も変わってきている。ただ、まだ日本文化に対する敵意や理解不足が垣間みられる。私たちも本当に外国の文化を理解しているとは言いがたいが、映画として世界に発表するのであれば、しっかり勉強してほしい。

大脇:これはなんだか「他人事」のようなコメントですね(笑)。この二人に限らず、似たようなスタンスのコメントがこれまでにもけっこうあったので、この二人だけに言う訳ではないのですが、ハリウッド映画がアメリカの政治や、日米関係と密接な関係にあることを考えると、こんな他人事のようなコメントを言っている場合ではないと思います。ほんとに。
このブログサイトやこれまでの授業を通して私が伝えようとしてきた大きなテーマの一つは、ハリウッド映画(産業)と、アメリカ文化・政治・経済、そしてそこに描かれてきた日本像と、日米の政治・外交・経済関係とは密接に関係しているということ、そしてその歴史に学ぶことによって、今後の展望をどのように描いていくかを考えるようになってほしいということです。これまでの歪んだ関係を改善していくためにはどうすればよいのか、そのために自分は何ができるのか、何をすればよいのかを、一人一人が考えるようになってほしいのです。日本文化がハリウッド映画に戦後何十年たってもまだこのように描かれていること、言い換えれば、アメリカ人にとっての日本文化のイメージがこのようになかなか変化しないということ、それはつまり、アメリカ人の日本のイメージを一新させるほどの情報発信を日本がしてきていないということでしょう。これまで、アメリカ側の情報やヨーロッパの情報を一方的に受信し、咀嚼し、catch upする方にばかり回っていた日本は、今ようやく世界に向けて情報発信をする道を模索しはじめたばかりのように思います。ですので、「改善されていくといいと思う」ではなくて、「どうすれば改善できるのか」を考え、発信できる人間になってください。横国大の経済学部を卒業するみんなのなかには、近い将来、国の経済政策決定、経済法の立法やその運用、海外進出する企業の方針決定や海外先での任務などに関わる人も少なからず出てくると思いますので。
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by mowaki93smile | 2005-06-26 11:41 | 比較文化・授業へのコメント  

6/17の授業へのコメント

*映画やメディアがプロパガンダ(ある特定のイデオロギーや考え方の宣伝)として機能するメカニズムについて
また、そのメカニズムが戦時中のみでなく、現在も利用されている点について

Iくん:今も昔もメディアの民衆に与える影響が強いことは変わらないと感じた。プロパガンダ映画もそうだが、全て「事実」を扱っていても、事実を抽出し、編集する主体の感情(ときには悪意)によっては、真実とは異なる単なるエンターテインメントにしかなり得ない点が現在にも通じると思う。それを多くの民衆が真実と受け止めてしまう点を利用する点は、戦争のような狂気の時代には有力だったのだと感じた。
S.Kくん:アメリカを描いた日本側のプロパガンダ映画もあるのでは? 機会があれば見てみたいです。最近のハリウッド映画、たとえば『アルマゲドン』、『インディペンデンス・デイ』なども、「アメリカは世界のリーダーで、危機から救う力を持った国である…」というメッセージが聞こえてくるような気がします。(大脇:日本側のプロパガンダ映画も見てみたいという声は他にもありました。検討してみます。)
Nくん:数年前公開された『パールハーバー』では、日本人の残虐な攻撃が生々しく描かれ、アメリカで住む日本人や日系人が抗議デモを行っていたと聞いたことがある。
Iさん:ハリウッド映画は敵を設定して観客の興味を引きつけるものが多い気がする。
H.Kくん:戦争中に反日プロパガンダ映画が出てくることはある程度お約束だとしても、21世紀の今になっても『パールハーバー』のような映画を作るアメリカという国は、常に敵を作らなければ満足できない国なのではと思えてくる。

*「戦争のルール」という表現の皮肉さについて
Yくん:「戦争のルール」という言葉が逆説的なようでとても面白い。(中略)「戦争はなくならない」と言ってしまっているような皮肉的な言葉。
T.Kくん:戦争において日本軍が残虐な行為をしてきたというのは事実であり、パールハーバーをはじめ、中国での三光作戦等は許しがたい行為だと思う。しかし極論を言ってしまえば、戦争に美学なんてものは存在しないだろう。
T.Kくん(上記とは別人):戦争のルールという言葉が出てきましたが、国際法というのはそれが適用されるために全ての国がそれに同意し、そういった組織が必要であると思うので、戦争における戦争のルールというのは実現しがたく、現実的に実現するとすれば一方的な権力の主張になりかねない気がします。

大脇:上記三人とも、「戦争のルール」という言葉の皮肉さに着目した点、とてもセンスがよいなと思いました。ただし、アメリカ側が「戦争のルール」という表現や概念を用いた点について、その背景や事情などを少し補足説明しておく必要があると思うので、ここでごく簡単にまとめておきます。
(米国側の視点からすると、)(1)真珠湾攻撃の行われた1941年12月の直前まで、米国は日本と和平交渉を進めていた。日本は和平交渉に応じるかのようなそぶりをしていたくせに、突然真珠湾攻撃を行った。(2)真珠湾攻撃は宣戦布告、攻撃予告もなしの卑劣な奇襲攻撃だった。(3)日本側はこの奇襲攻撃計画が米国側に悟られないよう、南方のフィリピンへ囮の艦隊を派遣したり、偽の通信を頻繁に送るなど、入念な偽装を行っていた。
(日本側の視点からすると、)(1)米国のすすめていた「和平交渉」の内実は、現実には日本には到底のむことが不可能な全面的無条件降伏を迫ることだった。また米国は、1941年7月頃より、米国内の日本資産の凍結や石油輸出禁止などをはじめとする、日本に対する強硬な経済制裁を行い、日本を追いつめていったので、日本の軍事政府は和平交渉を放棄することを考え始め、9月頃には対米開戦することを決意するに至った。(2)(3)日本政府は、外務省の手違いによって宣戦布告が遅れたと主張したが、米国には受け入れられなかった。(これには諸説あり、本当にただ遅れただけなのか、それともやはり最初から奇襲攻撃するつもりだったのかは明らかではない。ただし、日本側がかなり周到にこの攻撃の準備を進め、そのための偽装工作を行っていたことは確か。日本には義経の「ひよどり越え」(一の谷の合戦での奇襲攻撃)の伝統(?)もあるし、奇襲攻撃とは戦争にはつきもの、という考えが当時の軍司令官たちの頭にあった可能性はかなりあると思います。)

こうしてみると、両者ともそれぞれに言い分があるとも言えますが、やはり究極的には、上記の三人が指摘してくれたように、「戦争のルール」という言葉は「戦争」そのものの不条理性を覆い隠す逆説的な言葉であり、そもそも戦争に加担・参戦した時点で、相手の卑劣さをどうこう言える立場ではなくなるのではないか、というのが私自身の考えです。
いずれにしても、米国側からすると、日本の行動が卑劣な「騙し討ち」行為であり、真珠湾攻撃は9.11のテロ攻撃と同様のテロ攻撃に他ならなかったということは確かです。今回の授業で紹介したルース・ベネディクトの『菊と刀』の冒頭(第一章「研究課題ーー日本」)にも、「我々は、我々より前に1905年に日本と闘った帝政ロシアと同じく、西洋の文化的伝統に属さない、完全に武装され訓練された国民と、闘っていたのである。西洋諸国が人間の本性に属する事柄として承認するに至った戦時慣例は、明らかに日本人の眼中には存在しなかった。」などと書かれています。

*『菊と刀』について
ルース・ベネディクトの古典的名著とされるこの本に興味を持った人たちがかなりいたようです。今後の授業で、もう少し詳しくこの本やこの本をめぐる議論について、紹介することを検討してみます。

*あと、前に読んだような文学作品が読みたい、という声も若干一名ですがありました。そういう人は他にもいるでしょうか? (だとすると嬉しいのですが。)
今後、アジア系アメリカ人側からのアジア人/アジア系アメリカ人の表象というテーマのなかで、文学作品も少しずつ取り上げていく予定です。
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by mowaki93smile | 2005-06-20 18:36 | 比較文化・授業へのコメント  

My Year of Meats 選択者へ(テキスト解説のお知らせ)

みんなから提出された読書ノートを見ていると、英文があまり読みこなせていない、または内容が咀嚼しきれていない人がかなりいるようです。そこで、テキストの内容や文法に関する解説を行う時間を設けようと思います。
参加者の読書ノートや質問をもとに進めますので、参加希望者は、各自、なるべく具体的に質問したい点やわからなかった箇所などをノートにまとめておいてください。
希望者は予約や連絡なしでの当日飛び込み参加もOKです。

学生さんに遅刻するなと言いながら申し訳ないのですが、金曜のお昼前はその後の授業の資料の準備などでいつもばたばたしているので、10分くらい遅れていくこともあります。ので、万一私の姿が12時ちょうどに見えなくても、しばらく待っていてください。

*第1回目   
時間: 6/21(火)午後4:20-5:20  
場所:  国社棟7階(私の研究室708室がある階)の廊下の東端にある教官・学生共用の談話室(のような場所)
テキストの範囲:主に第1章(後半)と第2章
既に2名来ることになっていますので、必ず行います。

*第2回目
時間: 6/24(金) 午後12:00-12:40
場所: 教育人間講義棟7-204
当日は、お昼に会議があるので、上記の時間に遅れてきた人には対応できません。
テキストの範囲:主に第1章(前半から後半まですべて) 

*第3回目(予定)
時間: 7/1(金) 午後12:00-12:40
場所: 場所: 教育人間講義棟7-204
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by mowaki93smile | 2005-06-20 15:59 | 英語IIR(前期)・連絡事項  

Group 2 次回(7/1)の予定

今日6/17の授業では、Intimacy and Independence(p12-p15)のパラグラフごとの要点の確認、難しそうな文章の解説、全体の流れと大まかな論理構成の確認まで終わりました。

次回7/1は、Asymmetries(p15-20)を読み終える予定です。
また、発音クリニックと、Ally McBeal(英語字幕)を使った聞き取り練習なども、今回と同様なるべく時間をとって行いたいと思います。

なかなか思うようにテキストを進めることができず、きちんと予習してくれていた人、ごめんなさい。今日数人の人が提出してくれた読書ノートをぱらぱらと見せてもらいましたが、要約もきちんとできていて、質問したい箇所のチェックもできている人がけっこういました。せっかくきちんと準備してきているのだから、そういう人は、なるべく少しずつでも積極的に授業で質問などをするようにしてくださいね。だいたい皆同じようなところでつまずいているので、誰かが質問してくれれば、他の人にとってもそれはプラスになる行動なのです。

要約の仕方等について質問している人が何人かいたので、もう一度説明します。
要約は、小見出しごとに行ってください。ですが、長い英文を読みなれていない人、授業でパラグラフの要点を聞かれたとき、ノートにまとめていないと即答できないと思う人は、パラグラフごとの要点の書き出しも行ってください。
その場合は、まずパラグラフごとの要点(1-2行程度)を書き出し、その上で、最も大事だと思う点と省略してもよいと思われる点を取捨選択し、最終的に小見出しごとの要約(10-15行程度)を作成してください。
文章の論理の流れをつかむことを意識的に心がけてください。
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by mowaki93smile | 2005-06-17 19:30 | 英語IIR(前期)・連絡事項  

Group1: 次回(6/24)の予習について

今日(6/10)のgroup1は、
Unit 2 の記事全体の構成をパラグラフごとにつかむ練習(グループ作業→発表)、記事全体の大まかな内容の把握(グループ作業→発表)、一部の難しいと思われる箇所についての文法的な解説と、Unit 3の前半部分についての論理構成パラグラフごとの把握練習(グループ作業→発表)、および前半部分の大まかな内容の把握(グループ作業→発表)
まで終わりました。

次回の予定は、
1)Unit2 p17のQuestionsの答え合わせ
2)Unit 2 の英語によるSummaryを使った聞き取り練習
3)Unit 3 の後半部分について、論理構成と大まかな意味内容のパラグラフごとの把握
4)Unit 3 p23のQuestionsの答え合わせ
5)Unit 3 の英語によるSummaryを使った聞き取り練習
6)Unit 4 前半部分と後半部分の論理構成の把握と、大まかな意味内容の把握
7)Unit 4 p30のQuestionsの答え合わせ
8)Unit 4 の英語によるSummaryを使った聞き取り練習
9) 残りの時間があれば、時間のある限り、発音クリニック

のように進めたいと思っていますので、各パートがスムーズに進むように、各自、予習と復習をしっかりしてきてください。
新しい単元Unit 4はもちろんのこと、unit 2 とUnit 3の復習もしっかりと。
では2週間後に。

また、open hourとしている、金曜の12:00-13:00は全ての人にopenですから、もし質問などあれば、この時間に教室に来て活用してください。
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by mowaki93smile | 2005-06-10 19:34 | 英語IIR(前期)・連絡事項  

6/3の授業へのコメント その3

Tさん:他国製品を大量消費している今、日本は東南アジアなど労働力の安い地域の人々を搾取していると言える。搾取されたことで受ける経済の被害を考えると、日本との折り合いをどこでつけるのか本当に難しいところだと思う。私の個人的な考えでは、許容される範囲での搾取は東南アジア諸国に決して悪影響は与えないと思う。他国から刺激を与えられることで、自国の経済も発展を促されるのではないだろうか? でもこれは私が日本という豊かな国にすんでいて、実際の東南アジアの現状をあまり詳しく知らないから言えることだとも思う。やはり何よりも先にお互いを知ること、それが一番大事なことだと思った。

大脇:このコメントには重要な論点が2点示唆されていると思います。(1)日本は東南アジアなど労働力の安い地域の人間を搾取している。しかしその日本の経済活動には、許容される範囲またはやり方がありえるし、それがその国の経済の発展を促しているなら、悪影響ではなく、かえってよい影響を与えているのではないか。という主張と、(2)しかしいずれにしても、それ(=相手を搾取するのではなく、相手の経済発展を助ける形でその国の労働力を活用すること、とまとめられるでしょうか?)はその国の経済事情や文化事情など、現状をよく理解しなければ達成できないことであり、それには何よりも先にお互いを知ることが大切である。という主張です。
(ここで一言指摘しておくと、「許容される範囲での搾取」というのは矛盾した言い方です。「搾取」というのは、それが許容範囲を超えた経済活動であるからこその呼称です。おそらくTさんがここで言いたかったのは、「許容される範囲での経済活動(=安い労働力を求めての経済進出と、その国の経済開発支援の両方を含む?)」のことだと思います。)
(1)の論点に関して:後進開発国(=低賃金労働力が売り)における、先進国の経済活動として、許容される範囲あるいはやり方とは、どんなものでしょうか? その国を経済的に搾取するかどうかという観点だけではなく、その国の文化(=人々の精神のあり方も含む)や自然に与える影響という観点をも含めたとき、私たちはこれから、どのような経済活動を構想、実施して行くべきなのでしょうか?
(2)の論点に関して:まさにそのとおりだと 思います。互いの現状や実情を正しく理解し合うこと(先進国と後進国の関係の場合は、まず、メディアなどのインフラが整っている先進国側から、相手の理解に向けた努力をすること)が、何より大切だと思います。
そして文学や映画は、そのための知識や想像力を養う、最も効果的な手段の一つだと思います。そしてさらに、文学や映画を、批判的視点をもって見ること、そういう批判的思考力を養うことが、それには非常に重要になってきますね。
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by mowaki93smile | 2005-06-10 01:00 | 比較文化・授業へのコメント  

7/8の授業について

7/8は、横国大経済学会主催の学術講演会(講師:酒井啓子氏/テーマ:イラク問題)があり、ちょうど金曜4限の時間と重なっています。なるべく多くの学生に参加の機会を与えられるよう、授業を休講措置とするよう学部から依頼を受けました。講演会のテーマは、この授業のテーマとも重なっていますので、こちらに出席してもらうことで通常の授業の代わりとします。
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by mowaki93smile | 2005-06-09 21:20 | 比較文化・連絡事項  

6/3の授業へのコメント その2

Iくん:現代の人々は、日本人、アメリカ人などの人種や国家という枠組みを超えたアイデンティティを持っていると言えるのではないか。戦前やポストモダンの時代の中で、人々は国家や人種の違いをそれぞれのアイデンティティに組み込んでいた。ところが現代の人々は、インターネットの普及や、旅行、移住制限の緩和、さらにはEURO(EUのこと?)などの、国家よりも大きなコミュニティの生成によって、戦前の単純とも見えるようなアイデンティティよりもはるかに複雑で多様なアイデンティティを持つようになったと思う。(中略)
イラク戦争では・・・アメリカが国家単位でほぼ「単独」で、イラクに対し『先制攻撃』という名目で攻撃を仕掛けたと言えるはずだが、アメリカ側の見解、また主義思想的見解では、「民主主義を脅かす人物をかくまったイスラム主義に対して、民主主義、また、平和を願う国々や「人々」の代理人、代表」として攻撃したということを強調している。これはつまり、単に全責任をアメリカが背負い込むことを逃れるためでもあるかもしれないが、アメリカは、アメリカという国家の枠組みではなく、民主主義やそれに属する『人々』という枠組みの相違として行動したということである。ここで戦争に参加したアメリカ兵たちは、アメリカ人というアイデンティティのみだけでなく、日本やフランス、イタリアなど、民主主義国家に属する人間の一人と言うアイデンティティを持って攻撃に参加したと考えてもおかしくはないだろう。・・・ここにアイデンティティのひろがりを見て取れるのではないだろうか。

大脇:いろんな意味でとても興味深いコメントでした。
前半の、現代の人々は「国家という枠組みを超えたアイデンティティ」を持っていると言えるのでは、という指摘はその通りだと思います。(ただし、「ポストモダン」という言葉、あるいは時代の捉え方に少し誤解があるような気がするのと、戦前のアイデンティティを単純と言い切ってしまえるのか、という疑問はありますが。)
後半のイラク戦争におけるアメリカの大義名分とアメリカ兵のアイデンティティをめぐるコメントについては、いくつか重要な問題点があります。
1)「民主主義を脅かす人物をかくまったイスラム主義」とありますが、イスラム主義をそんなふうに十把一絡げにするところにこそ、問題があると思いませんか? アメリカ政府もさすがにこのようにイスラム主義そのものを名指しで攻撃することはしていなかったと思います。ですが、イラクやアフガニスタンなど、ある特定の国家を、国家単位で名指しで攻撃したという点では、イスラム主義またはイスラム教そのものを攻撃するのと、その姿勢にほとんど変わりはないと言えますが。
2)「アメリカ兵たちは、アメリカ人というアイデンティティのみでなく、・・・民主主義国家に属する人間の一人というアイデンティティを持って、攻撃に参加したのでは」とありますが、それこそ、アメリカ政府が、自国の兵士たちにそう思い込ませる(「自分たちの戦いは民主主義を守る正義の戦いだ」と思い込ませる)ことによって、自分たち(アメリカという超大国)の独善的あるいは唯我独尊的な行動を正当化しようとした理屈ではないでしょうか?
授業でも既に見てきたように、アメリカという国は一点の曇りもない、完全な民主主義国家などでは決してないのですから。(これはもちろん、アメリカに民主主義的な一面もあることを否定するものではありません。)
いずれにせよ、Iくんのコメントは、とても面白い議論の素材を提供してくれていると思います。
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by mowaki93smile | 2005-06-07 16:12 | 比較文化・授業へのコメント  

6/3の授業へのコメント

Nくん:授業で取り上げられる学生のコメントなどが、ちょっと早口でわかりにくいです。プリントまたはブログの更新があると助かります。

大脇:そうですね。学生のみんなに議論をしてもらおうと考えるなら、それを少しでもやりやすくする方策を考えなければ、と前回の授業で改めて考えさせられました。その第一歩として、みんなのコメントをプリントやブログで、目に見える形で紹介するという方法は有効だと思います。
 「もし忙しかったらブログ更新手伝いますので」という言葉も含めて、本当に力づけられました。どうもありがとう。
Nくんは、同じ日の出席カードに「国家がアイデンティティに与える影響:教育で変えられるアイデンティティ? ー 昨今の話題:日中問題、愛国心教育」 というメモをしていましたが、これはとてもよい着眼点だと思います。レポートのテーマとして取り上げては? Nくんの指摘どおり、私たちのアイデンティティは、教育機関や、私たちが日々触れる新聞・TV等のメディアによって影響を受ける(というよりもむしろ形成される)部分が非常に大きいです。フランスの思想家ルイ・アルチュセールやミシェル・フーコーなどによってこの点が指摘されて以来、多くの思想家・批評家・研究者がこの問題について論じてきました。
私たちの生きる現代では、教育機関やメディアに加えて、インターネットや携帯電話によるネットワークなど、テクノロジーの急激な進化・発展に伴って生まれてきた新たな通信・ネットワーク共同体が、個々の人間や集団のアイデンティティ形成にどのように関与し影響を与えるのか、という問題を考えていくことも、非常に興味深く、かつ重要なテーマになると思います。
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by mowaki93smile | 2005-06-05 10:51 | 比較文化・授業へのコメント  

Group2:6/17の予習について

Group2 (テキスト:You Just Don't Understand)選択者の人へ
次回の授業は6/17です。今日6/3のクラスでは、p13の23行目まで進みました。
次回の予習範囲:p13の24行目 - p.20の17行目まで
1)予習の際、読書ノートに必要事項(シラバス参照)を記入すること。また、読書ノートを授業時に持参すること。
2)読書ノートに書き込むテキスト内容の要約について:小見出しごとの要約にしてください。要約の分量の目安は、一小見出し=4行から5行くらいにしてください。要約はまず日本語で行い、余力のある人は日本語の要約の下に、英語の要約も書いてください。
3)各段落ごとのまとめは、各自の自由に任せます。授業で当たったときに即答できないから用意しておきたいという人は、簡単にまとめを書いておくのもよいし、何がポイントだったかがすぐに思い出せるように、キーワードやトピックセンテンスと思われる箇所に線を引いておくのでもよいと思います。

今日の授業では2ページ強しか進めませんでしたが、今日のみんなの出席カードには、次回から予習と要約をしっかりやってきますというコメントがたくさんあったので、次回はもう少しスムーズに進められるだろうと期待して、小見出し2つ分を予習範囲としました。がんばってやってきてね。
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by mowaki93smile | 2005-06-03 18:10 | 英語IIR(前期)・連絡事項